| 訪問活動・会議・原発署名宣伝 | 8月27日 |
![]() 今日は忙しい一日でした。朝8時半出発の地元高齢者クラブのバスの旅を見送り、午前中2時間、後援会のみなさんと支持者宅を訪問対話で歩きました。午後は地域の党支部会議、夕方は行徳駅前で原発からの撤退を求める署名宣伝をしました。一日どんよりした曇り空で蒸し暑い中でも何とか助かりました。 夜は浦安の花火大会がベランダ正面に、隅田川の花火大会は真裏の玄関側から、よく見えました(7階のため)。市川では中止してしまったのに、液状化被害の大きかった浦安は復興めざしてがんばって実施したんだなって思いました。 |
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| 通院・親友のお通夜 | 8月26日 |
| 午前中は月一回の通院で国府台病院に行きました。体調は順調とのこと、安心しました。夕方は不登校・ひきこもりの親の会「こま草の会」で一緒に励ましあってきた友人が突然亡くなられ、お通夜に行ってきました。3人の子どもさんがひきこもり・精神障害という壮絶な子育ての苦労の中でも、親の会では最年長で元気にみんなを叱咤激励していただきました。本当にありがとう、そしてごくろうさまでした。 | |
| 議会告示・勉強会・三番瀬会議 | 8月24・25日 |
| 24日は9月議会が告示され、議案が配布されました。午後、岡田県議と党市議団で「公約実現会議」を行ないました。選挙で掲げた公約を実現するための情報交換と運動方針、議会対策を話し合っています。 25日は午前中、定例の市議団会議、午後は市主催の議案説明会でした。夜は三番瀬関連で党県議、市議と関係者で意見交換しました。 |
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| 党会議・市主催の放射線問題講演会 | 8月17・18・19日 |
| 17日は平和行進のまとめの会議や地域の党と後援会の会議、18日は定例の党市議団会議、夜は保育問題で党市議団と関係者の意見交換。19日午前中は党千葉県の会議・・・、会議が続きました。 19日午後は市川市民会館大ホールで市川市が行なった放射線問題の講演を聞きました。千葉市にある放射線医学研究所(放医研)の講師によるお話、約1時間半にわたって化学的専門的な話が続き、結論は、市川市の放射線量は健康上影響はないというものでした。こうした話は国の見解としても、市川市の議会答弁でも言われている一般的な見解です。確かに直ちに影響が出てこないかもしれませんが、通常の10倍以上も放射線量が検出されている所が何箇所もある(党市議団も独自に検査を開始)なかで、もっと市民の不安に応えるようなきめ細やかな話が欲しかったですね。 |
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| 実家香取市へお盆帰省・宣伝 | 8月13・14・15日 |
| 東関東自動車道の大栄インターを降りて、重そうな稲穂をつけた田んぼ道を10分ほど走ると自宅から約一時間で私の実家(旧佐原市)に到着。 今年は、私の27歳の娘、姉の36歳の長女と26歳の次男、次兄の35歳の長女や長兄の37歳の長男などなど、10数年ぶりに甥っ子姪っ子の集合となり、幼少時代の話題が尽きないようでした。85歳の私の母がつくった直径30センチ近くもあるみごとなスイカをみんなで食べました。娘、息子、孫、ひ孫に囲まれて母は幸せそうでした。 15日は終戦記念日、岡田県議と市議団で宣伝をしました。 |
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| 団会議・幼稚園問題意見交換 | 8月11・12日 |
| 11日、予定が重なって、通常毎週木曜日の市議団会議が4週間ぶりの会議になってしまいました。各自の活動報告、いっぱいありました。12日日中はたまった雑用をこなし、夜は市川の公立幼稚園の廃園問題で党市議団と関係者で意見交換しました。 | |
| 東北の大自然を満喫 | 8月7〜10日 |
![]() 3年ぶりに、夫の実家、秋田県雄勝郡東成瀬村に行ってきました。東北自動車道の一関インターで降りて、厳美渓沿いの道を岩手県から秋田県へと登り、県境の須川温泉に到着。車を降りて、裏手の栗駒山に登山(写真)。雄大な山々と温泉に囲まれた大自然を満喫しました。 翌日は夫の両親を連れて、泥湯温泉へ。翌々日は渓谷の冷たい水に触れたり・・、昼は関東と同じくらい暑いのに夜は寒いほど、東北の空気をいっぱい吸ってのんびり過ごしました。 |
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| 第一回「三番瀬専門家会議」を傍聴 | 8月4日 |
平成18年に作成した「千葉県三番瀬再生計画」の基本計画と実施計画に基づいて、平成18年から22年まで「三番瀬の再生事業」が行われてきました。この専門家会議は、平成23年から25年までの新事業をすすめるにあたって、知事の要請に応じて専門家が意見を言う場とする。また、助言を求める事項は、(1)干潟的環境の形成 (2)自然環境のモニタリング (3)その他科学的知見が必要となる場合という説明が前段であり、その後、この度の震災の影響、これまでの事業経過と課題について説明がありました。大規模な埋め立ては撤回させたものの、「再生」という名の下に「人工干潟」がつくられようとしているわけですが、埋め立て反対運動の市民団体は豊かな生態系の破壊を許さない戦いをいまでも粘り強く続けています。傍聴、独自の三番瀬の生物調査活動、署名活動などが県の事業推進をかなり慎重にさせているように感じました。 そういえば、市議団議会報告をアップするのを忘れてました。こちらからご覧ください。 |
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| 党市川後援会の東北応援バスツァーに参加 | 7月28・29日 |
大型バス一台で朝8時半市川出発、松島、鳴子温泉、こけし館、厳美渓、平泉中尊寺と宮城、岩手の名所を回りました。また、義援金も届け、被災地支援センターからの報告もありました。盛りだくさんのスケジュールでしたが、後援会の一泊旅行は久しぶりで、楽しかったです。 |
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| 都市計画審議会後、党地方議員研修に参加 | 7月26・27日 |
| 26日午前中は都市計画審議会でした。市川市の景観に配慮した建築物の色や高さなどの規制が強められています。 26日午後から27日、党千葉県地方議員研修が行なわれました。1日目は、9月議会に向けて、2人の方から講義が行なわれました。2日目の分科会は、災害・放射線対策に出ました。活発な意見交換、大変参考になりました。 |
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| 訪問対話・公立幼稚園存続署名行動に参加 | 7月24日 |
午前中は、地元後援会、岡田県議とともに支持者宅を訪問対話しました。原発への関心が高く、原発撤退署名やパンフに応えていただきました。午後は市川市の公立幼稚園存続を求める署名行動に参加しました。市内8箇所ある公立幼稚園の統廃合計画が浮上、9月議会に当面1箇所の廃園が提案されるとのこと、保育園の委託や第三子無料化廃止など、「官から民へ」「小さな政府」の行革の矢が子育てに容赦なく向けられています。 |
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| 国民平和大行進行徳コースに参加 | 7月23日 |
![]() 北海道から沖縄まで日本列島を縦断する国民平和大行進の本コースとは別に、地域の草の根の枝コースとして、毎年行なっている行徳コース、今年は35人の参加でした。 少人数でアットホームですが、うたごえと共に元気に行ないました。27日は市川市内本コースの行進が行なわれます。 |
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| 青年劇場「結の風らぷそでぃ」鑑賞 | 7月18日 |
| 家業の農業を継ぐと宣言した主人公結、しかも有機農業をやるという。TPP推進・国境なき競走経済のもとにおかれようとしている日本の農業に対し、27歳の結の挑戦が始まる。この心意気に一緒に立ち上がる若者がいた。 「農業をなんで車や電化製品と同じ次元でとらえるのか、農業を単に経済活動だけでとらえてはいけない」との作者の声に農家出身の私も納得です。 |
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| 町会の夏祭り、今年も大盛況 | 7月16日 |
![]() 16,17日の2日間、福栄2丁目自治会の夏祭りでした。100人を超す子ども神輿に始まり、夕方から夜店が開店すると人出はさらに膨らみ、太鼓、踊り・・大盛り上がりでした。子どもたちや若い親御さんがたくさん!次世代にも希望が持てそうな実感をしました。 |
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| 団議会報告仕上げ・団会議 | 7月14日 |
| 党市議団としての議会報告は、5人の市議が持ち寄った原稿をもとに私が作成をし、全員でチェックして仕上げ、PDFにして印刷屋さんにメールしました。 今日は、党市議団会議もありました。来週から約1ヶ月間、選挙の応援や行事が目白押しで市議団会議ができません。健康管理に十分気をつけながら、夏を乗り切りたいと思います。 |
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| 地元の「つどい」で活発な意見交換 | 7月10日 |
![]() 6月議会終了後の岡田幸子県議と私谷藤利子の議会報告会として計画しましたが、報告は全体で30分ほどで、あとは参加者からの活発な意見交換になりました。原発の設計をした人、原発をつくった人、原発で働いていた人、原発を何度も見てきた人など、かなり原発や放射能汚染に詳しい方々が参加していたため、自主的に用意してきたパネルの説明やビデオ放映など、参加者の多彩な報告がされました。 |
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| 原発・放射線の脅威・学習会に参加 | 7月9日 |
![]() もと気象研究所研究室長、理学博士の増田善信さんを講師に、原水爆禁止市川協議会主催で行われた学習会に参加しました。パワーポイントを駆使して80代にして現役のすばらしいお話でした。 福島第一原発事故はチェルノブイリ事故を越えている。福島原発事故は、津波に対する対策を講じていなかった。廃炉を恐れて、ベントや海水注入を遅らせた。全電源喪失という過酷事故を想定した訓練をやっていなかった等、安全神話による「人災」について説明。また、メルトダウンしている燃料棒が冷えるまで最低3年、最悪50年は注水しないと危険な状況であること、さらには、原発からの撤退はいますぐにでもできると、具体的な話をされました。放射線とつきあって生きていくための基本についても詳しく説明されました。 |
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| 第54回千葉県母親大会に参加 | 7月3日 |
3日午前中は日本共産党の第三回中央委員会総会での志位和夫委員長の報告(約2時間)をインターネットで視聴しました。午後は千葉県母親大会全体会に参加。今回はお隣浦安市で行われ、大規模な液状化被害のなかでの準備のご苦労がよくわかりました。 記念講演は前国立市長、上原公子さん。日本国憲法の地方自治のあり方を何度も引き合いに出し、わが町は主権者住民が決めていく、という強い意志がこめられていると力説。被災地救援についても、住民が何を望んでいるのかを大前提にするべきだ、原発被害についても、被害を受けない場所で生活が続けられるようにきちんと保障させるべきだ・・・・と力説しました。 |
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| 個人版市政報告を作成しました。 | 6月28日 |
| 27日は久しぶりに休暇をとり、銀行、美容院、映画、買い物など、地元でのんびりしました。 28日は個人版市政報告を作成しました。6月議会一般質問が中心ですが3時間ほどで完成、これまでで最短時間でした。 |
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| 原発からの撤退署名行動 | 6月26日 |
24日で6月議会が終了。25日は朝から一日、党千葉県の会議に出席しました。26日午前中は地域後援会のみなさんと訪問活動、午後は原発からの撤退を求める署名宣伝を行ないました。10人参加で60筆の賛同をいただきました。 参加者がかわるがわるマイクを握り、福島原発事故被災者の保障と危険な原発を今こそ自然エネルギーに切り替えさせましょうと、思いを込めて訴えました。 |
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| 一般質問終わりました。用意した原稿はこちらから | 6月22日 |
| 党市議団最後の一般質問、午前11時から一時間行ないました。わが党の新人高坂進市議がその前に質問したため、傍聴に20人ほど駆けつけていただきました。ありがとうございました。このたびは放射能汚染問題を大きな柱に、いろいろと調べましたが、ますますアメリカ、財界と政治との癒着の構造が作り出した問題点が明らかになってきました。 | |
| 本会議開会・地域で行動 | 6月10・11日 |
| 10日から本会議が開会しました。主な議案は震災関連の補正予算です。(下の議会報告をクリックしてご覧ください)わが党市議団は金子、桜井、高坂各市議が質疑に立ちました。 11日は朝から大雨でしたが、岡田県議や地域後援会の方と訪問対話活動を行ないました。 |
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| 3つの会議・質問通告・議会報告作成 | 6月4〜9日 |
| 4日は、日頃活動を共にする党や後援会の方々と日頃の活動を総括したりこれからの計画を立てる3つの会議に出席、一日缶詰でした。会議だけというのも疲れます。 5日、6日は、6月議会に党市議団として何を取り上げるのかなど、党市議団議会報告を作成しました。ニュースを作成するためにいろいろ調べるため、議会準備にもなります。 7日は一般質問を通告しました。大きな3つの柱、1、放射能汚染対策、2津波・液状化対策、3、第3子保育料無料化存続について、です。 9日は党市議団会議でした。 |
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| 県議・市議と語るつどい | 6月3日 |
4月の一斉地方選挙で市川の日本共産党県議、市議全員当選させていただきました。この推進役を果たした市川市日本共産党後援会の総会に合わせて、つどいが行なわれたものです。岡田県議と市議団から南相馬市への被災地救援ボランティアの報告をしたあと、会場からの質問に応える形で行なわれました。市川市の情報発信は遅いのではないか、放射線量の測定はどうなっているのか等など活発な声が寄せられました。 |
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| 6月議会の議案勉強会に参加 | 6月2日 |
| 昨日、定例6月市議会が告示され、本日議案と震災対策を中心にした補正予算5億3635万円の説明会がありました。 市川市の被害状況については、液状化による道路被害が117箇所、護岸や漁港の傾斜や沈下、公共施設(保育園21箇所、小中学校52項、保育クラブ18箇所など計137施設)の被害、民間住宅全壊9件、半壊2件、一部損壊218件等の資料も配られ、こうした所の復旧と放射能汚染対策についても、予算の説明がありました。 |
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| 放射能作業環境測定士に同行 | 5月28日 |
私の自宅近くに、放射能作業環境測定士の資格をお持ちの方がいらっしゃいます。近所の放射線量の測定をしてみるとの一報をいただき、同行しました。一般的に行なわれている空気中の測定(ガンマ線の測定)とは違い、表面に付着している濃度の測定(ベータ線の測定)ですが、土や草等に触ることで体内に取り込まれ、内部被爆に繋がる危険性が高いことと、雨水から付着するため、溜まりやすい場所があり、そういうところを丁寧に測定することが大事とのこと。雨どいの下や学校の芝生は通常の4〜5倍,ありました。 |
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| 行徳地域の諸課題で勉強会 | 5月26日 |
| 市川市の中でも江戸川放水路で隔てられた「川向こう」の行徳地域の諸課題についての勉強会に参加しました。4月の選挙で新しく議員になられた方もおり、まず自己紹介をして行徳支所長から説明をいただき、若干の質疑をしました。特に、この度の大震災によって液状化した臨海部は漁港の建設、護岸の形状、まちづくりや三番瀬関連の環境問題など、課題も山積しており、地震や津波対策とあわせた検討の必要性を感じました。 | |
| 臨時市議会・原発対策申し入れ | 5月23〜25日 |
4月の選挙で選ばれた議員の所属会派を決め、議長や副議長をはじめ、各委員会や審議会などの役職を決めるので2日間、最終日は専決処分で決められた人事や条例改正について審議しました。その一つの市税条例の改正は東日本大震災で損壊した住宅や土地に対して、雑損控除の対象にする年度を一年遡るとするものです。 この制度は罹災証明を申請して受け取った方を対象にするという条件付ですが、その申請や受理者が隣の松戸市の半分以下の現状は実態に比べて少ないのではないか、周知徹底をするようにとわが党の金子貞作市議が唯一質疑をしました。 議会終了後まもなく、市長に対して福島原発事故による放射線汚染に対する市川市の対策について申し入れをしました。 |
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| 市議団会議でボランティアの報告 | 5月19日 |
定例の党市議団会議。新鮮なとれたて野菜と干物や生活必需品を2台の車に満載して現地入り。かつて市川市民診療所で看護士をして、現在党南相馬市議をしている方の案内で活動をしたこと等、2日間の被災地ボランティアから帰ったばかりの4名の市議からホットな報告をいただきました。その後、議会対策で学習や意見交換をしました。 |
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| 救援ボランティア行き、私は見送り | 5月17・18日 |
| 南相馬市への救援ボランティアに参加する準備をしていたものの、不覚にも風邪をこじらせ体調不良にて、一人自宅静養をすることになりました。「残念!ご苦労様!よろしく!」の思いをメールで届け、現地に思いを馳せるしかありませんでした。 | |
| 全員協議会で初顔会わせ | 5月16日 |
| 16日は新議員の初顔合わせとして、本会議場で自己紹介を行なった後、会派代表者会議が開かれました。会派構成や議席なども決まり、来週の臨時議会で議員の役職なども決まります。6月1日には6月議会の告示も行なわれ、本格的に新しい議会がスタートします。 | |
| 三番瀬のラムサール登録署名宣伝 | 5月14日 |
奇数月の第二土曜日に行徳駅前広場にて定例で行なっているラムサール署名宣伝では、三番瀬に生息する生物のパネルを並べたり、湿地保全の国際条約であるラムサール条約に登録する意義などをまとめたチラシを配布しながら、書名のお願いをしています。5名の参加で訴え、約75筆の賛同をいただきました。 |
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| 感謝と慰労のつどい | 5月13日 |
13日、市川の党県議・市議全員当選の感謝と慰労のつどいが行われました。県議、市議全員から今後の活動への決意表明と各選対メンバーの活動交流を行ったあと、被災地救援ボランティアに参加した方々から、生々しい報告が行われました。また市議団としても17・18日に南相馬市にボランティアに行ってくることを報告しました。 |
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| 避難受け入れ聞き取り・会議・山の会 | 5月7〜12日 |
![]() 選挙の反省と教訓、今後の活動についてなど、7日、9日、12日と会議が続きました。11日は、被災から丸2ヶ月が経過した日。被災者の市川市への避難と受け入れ状況について、聞き取りをしました。市川市にはこれまで200人、90世帯が避難されており、3月、4月は市川市の国府台スポーツセンターと少年自然の家で臨時的に避難場所として用意していたが、5月〜10月をめどに市川市の奉免と大町の市営住宅に11世帯、新たに二俣の厚生労働省官舎を市として8部屋押さえ、希望者を募っているが、以外にも希望者が少ないとのこと。 しかし、実態は避難してすぐに受け皿がなかったために親戚を頼ったり、アパートを借りたり、他市へ移動している方がかなり多いことも明らかになってきました。機敏な対応をすることと、自力で避難生活をしている方への支援の周知を徹底するように伝えました。 8日は3ヶ月ぶりに市川山の会に参加して、奥多摩の三頭山をハイキングしました。 |
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| 3日間休暇をいただきました。 | 5月3〜5日 |
![]() ![]() 2日は新市議団会議後、控室の大掃除をしました。 3・4日は実家(佐原・現香取市)の裏山で竹の子掘り。収穫後大釜でぐらぐらアク抜き。 5日は選挙で一緒にたたかったお友達と都内の新緑を楽しんで食事をしました。久々にゆったりと時間が流れ、癒されました。 |
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| 第82回千葉県中央メーデーに参加 | 5月1日 |
![]() 選挙のお礼や後片付け、ご苦労様会、月末課題などに追われ、あっという間に一週間が過ぎました。1日は恒例の千葉県メーデーに参加。いっせい地方選挙をたたかった後ゆえ、惜しくも当選できなかった同志の方々とは選挙戦の話しが続きました。当落のちがいは大きいです。わが党は全国的にも多くの議席を失い、厳しい結果でした。 |
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