訪問活動。一年間ありがとうございました。 12月29・30日
 30日まで地元の訪問活動を行いました。一年間のお礼と来年もよろしくのご挨拶、そしてしんぶん赤旗ご購読や個人の浄財募金のお願いもしました。31日から1月3日まで休暇をいただきます。
  一年間私のホームページをご覧くださったみなさん、本当にありがとうございました。市議の任期も残り1年3ヶ月です。来年もやさしくたくましくがんばります。どうぞよろしくお願いします。
大久保博新市長に予算要望書提出。 12月28日
 12月25日に就任したばかりの大久保市長に、日本共産党市川市議団の来年度予算要望書を提出し、懇談しました。予算要求にあたって市議団は、市政アンケートや市民団体との懇談、行政の現場に視察に行くなど重ねてきました。 市長には、住民福祉向上に向け、温かい市政への転換を求め、党市議団としても是々非々の立場でがんばることを伝えました。(写真右端は岡田幸子県議)
岡田幸子県議や後援会の方と訪問活動。 12月27日
 ☆26日は一人で朝から夜まで、☆27日は岡田幸子県議や後援会の方と、私の地元を訪問活動をしました。年金は減る、給料は減る、仕事がないなど、どこも本当に大変です。新政権への期待と不安ととても複雑な思いがどこからも寄せられています。共産党ももっと大きくなって頑張ってくださいよとの叱咤激励も。来年は何としても展望が見えてくる年にしなければ・・・。
訪問対話・市議団会議・三番瀬と向き合う護岸や塩浜まちづくりの現地視察。 12月25日
 ☆23日は岡田幸子県議、地元後援会のみなさんと訪問対話活動。☆24日は予算要望を中心に市議団会議。
☆25日は早朝駅頭宣伝後、議会報告校正。三番瀬と向き合う京葉線塩浜駅前のまちづくりと護岸の安全対策について、岡田幸子、丸山慎一県議、斉藤和子党県青年部長など総勢8人で視察。国際的に重要な湿地三番瀬と面した護岸やまちづくりが環境に配慮して行われているかどうかが目的でした。夜は予算要望書の最終チェックをしました。
 塩浜のまちづくりは市川市が説明。平成19年に12ヘクタールの「塩浜第一期まちづくり推進協議会」を設立し、翌年の平成20年2月に市川市を含めた地権者5者で、土地区画整理事業による基盤整備を合意、換地想定図の説明もありました。しかし、急激な経済悪化により土地の高度利用の目途が立たず、未だに民有地内の換地合意ができていないため、市の予算も全くついておらず凍結状態にあるとのことでした。(写真上は52uある市有地にて)
 塩浜護岸については千葉県が対応。危険な暫定的直立護岸を、恒久的な石積み護岸に整備している説明がありました。当面は、平成18年〜22年までに900メートルを整備し、そのことによる地形や底質(粒度)の変化、生物への影響など、慎重なモニタリングをしながらすすめているとのことでした。また、石の上部の緑化対策や護岸に降りて海辺を身近に感じられる階段や散策路も計画しているとの説明がありました。
訪問対話・市議団会議・桜井雅人市議と市内学童保育クラブ視察。 12月22日
☆20日は地元の訪問活動。
☆21日は予算要望の検討を中心に市議団会議をしました。
☆22日は年内の活動や新年の議会報告の校正で打ち合わせ後、市内学童保育クラブの視察をしました。市川市の小学校は39校、保育クラブは小学校39箇所と公民館1箇所、ふれあい館3箇所も入れて43クラブ。7年前まで公設公営で行っていましたが、社会福祉協議会への指定管理委託事業に移行されました。
 指導員はすべて1年契約の臨時職員。給与は約14万円で保険や年金、税金を払うと月11万足らず、昇給は年1000円、10年働いても1万円、40年働いても4万円しか上がらない。ライフワークとしてやれる仕事ではない。7年前350人採用した方で現在残っているのは177名、半分以上入れ替わっています。それでも市川市の保育クラブはいいほうだという。さらに問題は3年契約の指定管理委託であるため、ただでさえ低賃金の指導員の雇用の先行きが見えない。保育園や学童保育など、人間的な信頼関係で成り立つ事業を施設管理と同じようにやっていいのか!と関係者が熱く訴えかけたことをうれしく思いました。議会の常任委員会では私も声を大にして訴えた経過があります。改めて原点に立ち返って取り上げたいと痛感しました。
保育園と特別養護老人ホームの竣工式に出席。夜は「日本の青空パートU」鑑賞。 12月19日
 私の地元に、社会福祉法人天裕会が保育園と特別養護老人ホームを複合施設として開設することになりました。市川市内の最南端に位置するこの地域に不足していた施設で、何としても必要との声が多くあがり、市が土地を買い取って施設建設を誘致したものです。私も議会でも取り上げてきたりした経過があり、とてもうれしく思っています。
 法人理事長の挨拶では、「天裕会はケアハウス、デイサービス、特養ホームなどの高齢者施設と保育園や学童保育など子育て支援施設あわせて13施設を運営しており、職員は20〜30代が多く全体で約300人。全て黒字で順風万藩です・・」とのこと。経営手腕に長けているということでしょうが、少々気になるご挨拶でした。
 午後は親の会。夜はいのちの山河日本の青空パートUを鑑賞しました。無医村で病気で死んでいく赤ちゃんや老人を見ていられず、いのちに格差があってはならない!憲法25条に従えば当然だ!と全国で始めて老人医療費無料化を導入した岩手県沢内村を映画化したものです。村長自ら東北大学医学部に何度も何度も足を運んで若い有能な医師を村に迎え入れるなど、村長の情熱が始めは反対していた議会も動かし、役場職員一丸となって立ち上がった様子がよくわかりました。大変感動しました。
早朝宣伝、三番瀬現地視察、予算要望に向けて懇談・・と忙しい一日でした。 12月18日
 岡田幸子県議や地元後援会の皆さんと定例の早朝駅頭宣伝、とても寒い朝でした。
 宣伝を終えてまもなく、9時過ぎから行徳臨海部特別委員会の三番瀬現地視察でした。総勢20人ほどで漁協の船2隻に別れて乗船、漁港から出発。風と波が強く、沖合いまで行くのは諦めて護岸に近い所から、腐食した護岸の矢板と改修している石積み護岸を見ながら、猫実川河口域まで行きました。引き返してからは、組合事務所で30分ほど漁協のみなさんと懇談しました。「猫実川河口は水が動かない、生物はいない、潮周りが悪いので砂を入れて干潟にすれば、のりやアサリがとれるようになる・・。この辺は昔は干潟だったが、地盤沈下した。アオサが発生するが、浅くすればアオサの回収もらくになる。漁業をしている人は行徳漁協で59人、南行徳漁協で28人と減っている。議員の皆さん、力になって欲しい・・・」等、悪い環境を何とかして欲しいというものでした。
 先日は同じ場所で生物調査をしているみなさんの市民調査報告をお聞きしたばかり。多くの生物が生息する「豊かな海」という評価で、漁協のみなさんの意見とは正反対でした。同じ海がどうしてこうも評価が違うのか、改めて評価基準の大きな違いを感じました。
 午後からは市内土建組合のみなさんと懇談しました。予算要望に向けて市議団から要請したものです。懇談では、市内中小業者の育成のために「小規模公共工事登録制度」の創設や「公契約条例」の制定など、たくさんの要望をいただきました。
市議団で長野県内2市の視察をしました。 12月16・17日
 市長選挙との関係で12月議会が1月にずれ込んだため、市議団で視察をしました。16日は上田市の地域内分権の推進と市民協働のまちづくりについて(写真上)、17日は長野市の県立美術館と東山魁夷館でした。
 上田市は3年前に一市、2町、一村が合併し、新生上田市となったことを契機に、旧自治体地域の個性や特性を活かし、地域力が発揮できるよう地域内分権に取りくんだとのこと。その核は法的根拠はないが条例に基づく地域自治センターと地域協議会、地域ごとの発案による特色ある事業展開ができるよう地域予算を導入。市民がサービスの受け手から主役になって行政経営に参画できるようなルールづくりとしての自治基本条例制定に向けて1年前から検討委員会を重ねているとのことでした。
 長野市の東山魁夷美術館は善光寺の裏手にあり、善光寺をはさんだ山の中腹に画伯が眠っておられるお墓があるとのこと、画伯が山々に囲まれた長野の自然を愛したことがよくわかりました。長野市はこの冬の初雪で、善光寺と裏山がきれいに雪化粧をしました。(写真下)
予算要望に向けて懇談をしました。 12月15日
 13日は後援会のみなさんと訪問対話活動。14日は市役所で議会報告原稿の集団チェック。 15日は市議団会議のあと、市川市への予算要望に向けて、岡田幸子県議、金子貞作市議といっしょに2つの団体と懇談しました。懇談は市議団から要請したもので、一つはホームレスの自立支援を行っている市川ガンバの会、もう一つは千葉県から受託されて障害者や高齢者、子育て支援など縦横に支援活動をしている「がじゅまる」でした。 
 ガンバの会は発足して12年。牧師の仕事を投げ打ってホームレス支援に専念された副田氏を中心に9名の方で、路上巡回相談、住宅確保、住宅や病院訪問相談、服薬や金銭管理、仕事探しなどなど、生きていくために必要なことは何でも相談に乗っている。支援を必要としている方は家族や友人、地域とは切れていて孤独な上に、障害や認知症、アルコール中毒等など自立には大きな壁があり、高齢化も進み、週一とかの訪問ではとても間に合わない。24時間見守りが必要になっている。そうしないとまた路上へと戻ってしまう。県や市がこうしたところをもっと理解して対策をとって欲しい・・・と熱く語られました。
 「がじゅまる」は発足して6年。千葉県が行政の縦割りの弊害をなくした相談拠点として、県内13箇所の健康福祉圏域に中核地域生活支援センターを設置。「がじゅまる」は市川浦安を担当。市川市内の社会福祉法人が受託し6名体制で運営している。経済的困窮、仕事、家族関係、人間関係、子育て、介護、ひきこもりと相談内容は幅広いが、一人の方が多くの課題を抱えていることが多い。障害を持っている方は特別支援学級や福祉作業所から就労に至らない場合の受け皿がない、はっきりした障害を持っていなくても発達障害や学習障害など一般的に理解されずらく行きづらさを持っている方がいちばん難しい・・、運営側としては人手と予算がもっと欲しいなど、行政への要望が出されました。
三番瀬市民調査報告会に出席しました。 12月12日
 2003年から始めた市民調査は、埋め立てや人工干潟推進派が主張する猫実川河口域の「ヘドロ化」に対抗できる客観的な現状を市民の手でつかもうと始めた(私見)ものですが、はじめに会代表の伊藤氏から基調報告がありました。(写真)
 主な調査項目は、1生き物調査、2堆積傾向調査、3酸化還元電位測定、4粒度分析と強熱強熱減量分析、5塩分濃度測定、6アナジャコの巣穴数調査、7カキ礁の浄化力、8カキ礁の掘削調査、9カキ及び底泥の重金属分析で、それぞれの項目についてポイントを報告。こうした7年に及ぶ粘り強い調査によって、猫実川河口域は多種多様な生き物が生息する「豊かな海」であることが明らかになった、今年はこうした調査結果で千葉県や市川市などに働きかけをして大きな成果も生まれていると、報告がありました。
 基調報告のあと、さらに8人の方が調査内容を詳しく報告、私も市川市の動きについて会場から報告し、調査内容について質問もしました。
市議団会議。後援会望年会。 12月11日
 10日は党市議団会議で、議会報告や予算要望、市民団体との予算要望に向けた懇談、視察、今後の日程などなど話し合いました。
 11日日中は議会報告原稿練り直し、夜は党市川市後援会の総会と望年会でした。朝から夜まで冷たい雨が降り続き寒い一日でした。
予算要望に向けて聞き取りをしました。 12月9日
 新しい市長がまもなく就任するため、就任次第、党市議団として来年度予算の要望書提出と懇談を予定しています。要望書作成に向けてこの間市政アンケートを行ったり、市民団体との懇談をすすめています。
 今日は市の外郭団体である福祉公社社会福祉協議会にお邪魔し、事業内容と課題について詳しくお聞きし、質疑応答などで勉強をし、後日現地見学も約束していただきました。大変参考になりました。
(仮称)妙典橋の工事説明会に出席。 12月7日
 5日〜6日は会議が続きました。 7日日中は議会報告原稿作成。夜は東京外郭環状道路建設受け入れ条件に市川市が要求した仮称「妙典橋」について、工事施工主の千葉県葛南整備センターによる説明会がありました。
 説明によると、橋の効果について、市川市の東西交通の分散化ができる、外環道路に接続し高谷ジャンクションへのアクセス路になる、災害時の代替道路になる。交通量について、新行徳橋は現在一日16000台だが、妙典橋は7000台と見込んでいる。工期は平成27年度完成をめざしている。事業費全部で120億円を国県が半分ずつ負担する。今年の9月に国の許可が降りた為説明会が遅れてしまった・・などでした。
 これに対し、地元自治会の代表の方や住民からは批難轟々の意見が続出しました。説明会の連絡が不徹底だ・・、地元県議が口を開けばこの橋の話をするが地元住民はそんなこと要望した覚えはない、地元住民の意向をまず聞くべきだ・・等など。 結局、住民は反対をしているわけではないが、騒音、振動、分断など影響は大きいので心配だ、本当の地元住民にきめ細かい説明をして欲しいだけだ!・・というものでした。これらに県は、地元自治会、議会決議の意向に基づいて地元市が強く要望したもので、県は決まったことを粛々とやっているだけだ、説明は要望のあるところには出向いてきちんとしていきたいというものでした。
 日本共産党としてはこうした大型道路建設の財政や生活環境への影響などを考えれば要求するはずはないのですが、推進してきたはずと思っていた地元自治会からの轟々の意見は驚きでした。情勢の変化を感じました。
早朝宣伝をしてから、日帰り一人旅。 12月4日
 定例の駅頭宣伝には後援会の方4人が参加していただきました。寒くて手がかじかみ、口元もこわばりました。
 宣伝を終えてコーヒーで温まってから、晴天のもと鎌倉に一人旅に向かいました。8時半に自宅を出て電車を乗り継いで10時には北鎌倉に到着。高台の天園ハイキングコースをすべて歩き、寺院など歴史的建造物も6箇所立ち寄り、午後3時まで5時間歩き続けました。(写真は天園峠の茶屋から見た鎌倉の街と海)
 今年は山の会の日程となかなか合わず、2回しか参加できなかったため、思い切って決行しました。年内ものこり僅か、やるべきことをやらないと・・。
病院付き添い。会議。 12月1〜3日
 1日は家族の付き添いで国立国府台病院へ。敷地内のイチョウがみごとな黄色に輝いていました。病院内のデイケアで耕している畑では大根、さつまいも、ほうれん草など、収穫の秋らしくたくさん採れています。持ち帰っていただくと、どれもとてもおいしいので驚いています。
 午後は市役所控室で議会報告レイアウト作成など、団会議に向けた諸準備を行いました。
 2日は党県委員会総会、3日は団会議と党地区委員会総会。
70代男性からの生活相談。老いも若きも大変です。 11月30日
 73歳の独身男性、年金は払っていた年数が足りず全く受けていない。これまで警備員の仕事をして一人で暮らしてきたが、仕事がなくなった。新しい仕事を探しているが年齢制限でみな断られるとのこと。働き盛りの方でさえ失業にあえいでいる時、70代の方が断られるのは不思議ではありません。家賃も数ヶ月滞納し、所持金は数百円。それにしてもここまでよく働いてがんばってきたものです。
 私は、これまでめいっぱい頑張ってきたんだから、年齢を考えてこれ以上無理して病気にならないように、福祉のお世話になりましょうと、励ましました。
訪問対話や会議等、一日地域で活動。 11月29日
 1月に日本共産党の党大会を控えています。午前中は地域を訪問対話、午後は地域の党支部総会で、政治談議の一日でした。総会では志位委員長の大会議案報告DVDを視聴、討議し、日常活動のあり方について活発に意見交換しました。
訪問対話後、市川市女性のつどいに参加。夜は地元の会議。忙しい一日でした。 11月28日
 午前中は岡田幸子県議や地元後援会のみなさんと地域の支持者宅を訪問対話しました。新政権の「事業仕分け」について、いろいろなご意見をいただきました。 午後は市川市男女共同参画センターでの「第9回市川女性のつどい」に参加、女優の香川京子さんのトーク講演を聴きました。
  香川さんはもうすぐ78歳になるとのことですが、細身で清楚でかわいい声で、高齢者というイメージは全くありません。「私は戦争中に育ったのに戦争の悲惨さに遭遇しないで済んでしまった。女優としてひめゆりの塔等に出させていただいて戦争の悲惨さを知ることができた。北京で戦災孤児の方々から悲惨な戦争体験を聞かされ、戦争がいかに罪深いかを知ることができた」など、女優になったことで多くのことを学ぶことができたと切々と語られました。また、「自宅に戻れば全く普通の主婦として近所にも出かける。母としては子どもが10歳ぐらいまで無理な役柄は断ってきた。でも多くの人の援助があったから女優を続けられた」と、謙虚で正直な方でした。
 夜は来年1月の党大会議案の学習など、地元の党支部総会に出席しました。
社保協学校、経済学者の山家悠紀夫(やんべゆきお)氏の講演、大変勉強になりました。 11月27日
 千葉県社会保障学校が千葉市内で開催され、参加しました。「構造改革という幻想」「偽りの危機、本物の危機」などの著書で知られる元神戸大学教授、経済学者の山家悠紀夫さんは、世界と日本のお金の動き、日本国民の貧困、社会保障のあり方についてたくさんの資料を駆使して話され、大変勉強になりました。
 構造改革によって、非正規雇用者は10年間で687万人増え、全体の4分の1から3分の1に、女性と青年は2人に1人となり、企業は賃金を抑えて儲けを増やした。勤労世帯の平均月収は6万2千円下がり、日本全体の家計所得は10年間で13兆円減ったのに企業所得は17兆円増やした。年収300万円以下の低所得者数は10年間で362万人増え、国民生活基礎調査で「生活が苦しい」と答えた世帯は57%と10年前から13%増えた。
 また、財政赤字をどう捉えるかについて、国と地方自治体全体のバランスシートの説明がありました。金融資産、固定資産などの資産が1032兆円、借入や証券などの負債が968兆円、差引64兆円のプラス資産がある。  金融資金過不足については、格差拡大政策によって貧困層が増える一方で資産家も増え、企業や政府も含め、日本全体では250兆円の余剰資産がある。借金をしてもその穴埋めをする資産があり、対外純資産は世界一である。
 資本金10億円以上の企業のバランスシートについては、有形資産、投資資産の合計は10年間で100兆円増やしており、大量の失業者全体を雇用するに必要な3兆円はそのごく一部で十分実現できる。などなど・・・、構造改革はいかに人間をモノ扱いにして大企業と資産家が優遇されてきたかがよくわかりました。
 社会保障予算を毎年2200億円も削るとはとんでもない、大企業資産家への年間7兆円の減税を元に戻すなど負担能力のあるところが負担をすることが基本に、無駄遣いをただし、社会保障予算を増やすことが今広がる貧困への手立てとして緊急課題だと強調しました。
今日も深刻な生活相談。党大会議案報告視聴後、市議団会議と忙しい一日でした。 11月26日
 40代前半の独身男性からの相談がありました。非正規雇用で働いていたがうつ病になり、休職しようとしたら解雇された。通院していたらまもなく手持ち金も底をつき、無理してアルバイトをしたら怪我をしてまた解雇。安定した仕事に就けず、病院に行くお金もない、心身ともに病んでしまうのがよくわかりました。非正規雇用か、正規の長時間サービス労働か、失業か、いずれも大変な状況です。
 午後は1月に開催される党大会議案が志位和夫委員長から2時間半にわたって報告され、CS放送で視聴。その後党市議団会議でした。
生活相談、真面目な方ほど大変です。 11月25日
 妻子のいる40代の方からの生活相談。うつ病で入院待機している。休職中だし医療費を考えると長期入院ができない。長年入退院を繰り返し、家族と職場に迷惑をかけてきた。まもなく職場復帰の期限も迎える。何としても復帰したいが、どうすればいいかというもの。
  病状から考えると時間をかけてゆっくり療養することが一番いいと思うが、生活を考えるとそうはいかない、迷惑はかけられない、ととにかく真面目な方でした。病気がかなり重症であることを考えれば自分をもっと大切にして、福祉の力を借りて療養に専念して欲しいと助言しましたが、とても気になります。
訪問対話でお話しを伺いました。 11月22日
 岡田幸子県議や地元後援会の方と支持者宅を訪問、対話活動を行いました。ある土建業の方は、「仕事が少なく給料も減って生活が大変」、  私学の高校生と大学生の母親は「子ども手当ての恩恵には預かれない。もっと必要な人にきちんを回してもらいたい」など、率直なご意見をいただきました。
合唱団プリマベラ第7回コンサート、音楽も出会いもよかったです。 11月21日
 愛・平和・いのちを歌うプリマベラ合唱団は結成してまもなく20年。日本のうたごえ、千葉のうたごえ、平和運動などと手を携えながら、市内2箇所で「うたごえ喫茶」も続け、粘り強いうたごえ運動を展開しています。
 文化会館小ホールはほぼ満席になり、懐かしい多くの友人とも出会え、うたごえ運動に共感する仲間のつどいになったようでした。
市の職員給与や手当て、一時金カットを決める臨時議会でした。 11月20日
 19日は議会運営委員会。20日は臨時議会でした。
 国の人事院勧告をもとに公務員の給与や一時金を決めるのが慣例になっています。市川市では平成15年から5回、総額13億円以上の引き下げが行われました。今年だけでも30代〜40代の子育て世代で年間12〜20万のマイナスになります。党市議団としては景気悪化、給与引き下げの悪循環を加速し、地域経済にも影響の大きい一般職の給与カットに反対し、特別職・議員については賛成をしました。
決算討論とりあえずまとまりました。 11月18日
 平成20年度市川市決算認定に対しての討論原稿がとりあえずまとまりました。あれやこれやの日程をかいくぐってまとめたので、数字のまちがいはないかなど、これから慎重にチェックを入れたいと思っています。
二瓶忠良市議と障害者福祉作業所を訪問。 11月16日
 15日は午前も午後も地元の支持者宅の訪問活動をして、夜は会議でした。
 16日は、市職員や特別職の給与、期末手当引き下げを審議するために20日開会される臨時議会の議案が配布されたため、午前中は市議団打ち合わせ、その後生活相談。午後は障害者福祉作業所2箇所の訪問をしていろいろとお話しを伺いました。
 作業所の目的は障害者の自立の支援をすること、しかし作業所を出て行けば作業所の運営は厳しくなる。そうでなくても正規職員でも月15万前後の給与でワーキングプア状態。介護職員同様、とても大変な職場環境であることを痛感しました。
前市議の樋口義人さんのところへ。 11月13・14日
 岡田幸子県議と市川市議団で、2年前まで8期32年間共産党の市川市議をされていた樋口義人さんが住む神奈川県湯河原町へ行ってきました。 3万人足らずの小さな町ですが、海と山と温泉に抱かれ、落ち着いたとても住み心地のよさそうないい所でした。樋口さんの案内で温泉めぐりと海の幸を頂き、交流を深めました。
 まもなく紅葉も真っ盛り、冬は梅園、春は桜、つつじと、山々の花が咲き誇る季節折々にぜひ来てみたいですね。
生活相談・市議団会議。 11月12日
 昨日は自傷行為を繰り返している方をなんとか援助したいという方から相談が入りました。話しを伺うととても専門的なことで、私は生活をどうしていくかの相談しか受けられそうもありませんでした。
 今日12日は2週間ぶりの党市議団会議でした。常任委員会、特別委員会などの視察、研修、様々な行事が続き、全員が時間を合わせるのが難しかったからです。各自が2週間分の活動報告を行い、これからの行動計画、日程確認など行いました。
総務委員会の視察に出かけました。 11月9・10日
 9日は旭川市、10日は札幌市で視察。旭川市は入札制度と商店街コンシェルジュサービス事業について学びました。特に入札制度はとても参考になりました。
 市の設計金額を事前公表し、金額の範囲内で競争入札をさせることで入札不調がなく、企業内雇用もある程度保障できること、また小規模工事契約登録制度で多様な業者の参加機会をつくっていること、業務委託も最低制限価格を設定して委託業者内従業員の最低賃金の保証をするなど、品質保証と雇用、地域経済両面で配慮されていました。
区画整理問題の学習に出かけました。 11月7・8日
 区画整理・再開発対策全国連絡会主催の研修に清水みな子市議と始めて参加しました。全体会では各地の事例や運動が紹介され、初日の夜と2日目の午前中は分科会で、私は区画整理の分科会でびっちり学びました。私の地元、塩浜駅前の区画整理が想定されているからです。
 区画整理というのはあくまでも土地利用のあり方を変える面整備の手法で、地権者が土地で出資してその土地利用を変えることで価値を高め、利益分で新たな公共施設としての道路や公園をつくることを想定して行われる。しかし、当初予定したように土地の価値が上がるとは限らず、莫大な費用をかけて整備して結果的に多額の負債が残ることも多い。何十年もかかって地権者の世代を超えることもめずらしくないため、住民の合意は大変難しい。里山などの貴重な自然を犠牲にして計画されることも多く、採算目的の開発になる。問題が山積していると思いました。
遡って更新することにします。 11月5日
 10月29・30日 津松阪港海岸とラグーナ蒲郡に視察ででかけました。市川市の海「三番瀬」と面した臨海部の開発の参考にするためです。松阪港は自然の砂浜が続いていましたが、ラグーナ蒲郡は埋め立てによるまちづくりと人工干潟で全体の計画は700億円、莫大な税金がつぎこまれていました。
 11月3日 千葉市の「昭和の森」に出かけました。(写真は展望の丘)自宅から高速を使って50分で到着。千葉市といっても隣は大網白里町や九十九里町で展望の丘からは九十九里の海が見えました。東京ドーム22個分の広さ、山あり谷あり、四季折々の草木あり、里山を生かしたいいところでした。
訪問対話・高齢者クラブおたのしみ会・行徳まつり 10月24・25日
 24日は後援会の方や岡田県議も一緒に午前も午後も支持者宅の訪問活動をしました。
 25日の午前中は町会の高齢者クラブのおたのしみ会でした。プロの講談師は若い女性で日本の文化のすばらしさを実感しました。
 お昼から市川市内でも江戸川放水路から海側の「行徳まつり」でした。市川市46万人のうち16万人を擁する行徳は、後から合併した経過もあり、生活圏や文化も違います。行徳神輿やよさこい踊りで道路を練り歩いたのはすごい迫力でした。
定例の駅頭宣伝。市議団会議。「三番瀬」問題での意見交換。 10月23日
 岡田県議、地元後援会の方5人と私で定例の早朝駅頭宣伝を行いました。日中は市議団会議で1ヶ月あまりの日程確認をしました。
  市川市の私の地元、行徳地域の沖合いに広がる浅瀬「三番瀬」に人工干潟をつくって欲しいと地元自治会代表や工業会代表、漁協代表の連盟で県議会に請願書が提出され、自民・公明の多数で可決されました。夜はこの問題で、丸山慎一党県議会議員の報告を受けて、関係者の意見交換を行いました。
決算委員会で反対討論しました。 10月22日
 平成20年度決算審査は22日夕方4時半で終了しました。形式収支も実質収支も黒字、財政指標は軒並み良好、類似自治体でもトップクラスです。  職員の定員適正化計画で11年間に正規職員を650人以上削減する一方で臨時・非常勤職員を増やし、公共工事も業務委託も一般競争入札で予定価格をかなり下回って落札させ、多額の契約差金をつくりました。
 私は、「定数外職員や請負や受託業者等の低賃金不安定雇用の拡大で人件費抑制をすることはとても健全とは言えない。また、市民の収入は減っているのに、国の増税政策と市独自の受益者負担の徹底で市民税や国保税の滞納も膨らんでいるのに、生活困窮を理由にした減免は市税では1件、国保では8件とわずかで、財産調査と差し押さえ強化での没収が増えていることは市民のくらしへの配慮が足りないのではないか。」などと反対の討論をしました。
決算特別委員会、順調に進んでます。 10月19・20・21日
 決算審査は今日で3日間が終了しました。予定している進み方より時間がかかっているため、委員長はあせっていますが、行政の頭脳部分の財政や人事や企画、情報部門は時間をかけて議論しなければ全体が理解できません。2日目は保健医療福祉部門まで終了、3日で教育まですすんでいます。順調です。体調壊さず最後まで責任を全うするために頑張ります。
親の会・三番瀬エコツァー・決算準備 10月17・18日
 17日午後は勤労福祉センター分館で「親の会」でした。発足して丸13年になりました。学齢期の子も成人となり、親も年齢と経験を積み、何でも話し合える関係になっています。
 18日の今日は三番瀬エコツァーでした。浦安側、市川の塩浜護岸、行徳の漁港、船橋の三番瀬と一日三番瀬をいろいろな角度から見て学び、触れ合う企画ですが、私は市川側だけ参加して説明をさせていただきました。
 いよいよ明日から一週間決算審査特別委員会です。今日はしっかり寝て、寝不足解消してスッキリして臨みたいと思います。
決算準備・駅頭宣伝・議会運営委員会・団会議。 10月15・16日
 15日は一日決算準備でした。
 16日今日は定例の早朝駅頭宣伝、後援会の方3人も来ていただきました。宣伝終了後、車や自宅、事務所などの鍵の束をU字溝のフタの隙間から落としてしまい、フタはコンクリートで固定されて動かず、本当に困ってしまいました。私は実を言うとかなりあわてモノです。助けを求めにまた右往左往している間に、後援会の方が器用に針金で引き上げてくれました。本当に助かりました。日中は、議会運営委員会のあと、市議団会議でした。
決算準備・駅頭宣伝・病院付き添い。 10月13・14日
 決算審査準備も大詰めになってきました。お願いした資料を頂きながら、質問するポイントを絞っています。14日の今日は桜井雅人市議と早朝駅頭宣伝をしたあと、家族の通院の付き添いで病院へ。その後決算審査準備をしました。
決算準備・訪問対話。 10月11・12日
 11日は自宅で決算準備。とはいっても自宅にいると家事が大半になってしまいます。 12日は岡田幸子県議と一緒に地域の支持者宅を訪問、「年金で一人暮らしだが負担が増えて生活費が足りない。」「税金のばら撒き止めて医療や介護にもっとお金を使って欲しい」「どぶ板ががたがたしてる。こんなことはやってくれないんでしょ」などなど、たくさんのご要望を頂きました。
川越の施設めぐりに参加しました。 10月10日
 川越は川で囲まれていたため、江戸幕府の北の守りとともに、物資の供給地として有力な大名が配置され、穀物流通、織物産地など城下町としての豊かな産業と江戸文化が発展したとのこと。土蔵造りの町並みはその面影を存分に映し出していました。
駅頭宣伝・決算準備・市政懇談会。 10月9日
 定例の早朝駅頭宣伝は5人の後援会の方に参加していただきました。
 日中は決算審査準備。夜は来年度予算編成に向けての市民の声を聞く「市政懇談会」でした。「市川市は職員が600人以上も減ったというが、サービスは低下していないのか、」「国府台にある元千葉県の血清研究所のレンガづくりを地域で残したい」「女性問題について共産党はもっと位置づけを強めて欲しい」などご意見をいただきました。
市議団会議・決算準備。 10月8日
 大型台風が上陸。早朝4時ごろどしゃ降りの雨となり、だんだん風が強くなってきました。近くの東京メトロ東西線も朝7時半、通勤時間に運転が止まり、電車通勤の方はパニック、大変な一日でしたね。自然には逆らえません。午後には通過して秋晴れとなり、ほっと安心。そんななか、午前午後と2つの会議。夕方からは決算準備でした。
生活相談・決算審査準備。 10月7日
 小学生の娘さんをもつお母さんから相談がありました。娘さんが生後2ヶ月で離婚し、ずっと二人で暮らしている、DVによる心の傷を負って精神科通いもされているお母さん、頑張って欲しいものです。 午後から決算審査の準備をしました。
 話はそれますが、私は朝4時前後には毎日起きています。というより、猫に起こされます。紙を引きちぎったり、ドアを爪で引っ掻いて音を立てて、早く起きて餌をくれ!とせがむのです。生まれたばかりで目も見えないときにいただき15年。振り回されもしますが、我が家の潤滑油なので仕方ありません。でも早起きしていると家事も仕事もはかどります。もう夜の11時過ぎ、寝不足に注意して休むことにします。
外環建設現場視察・演劇「ハンナのかばん」鑑賞。 10月6日
 1メートル1億円かかる東京外郭環状道路、市川市内のど真ん中を通す計画です。掘割スリット工法で工事がすすんだ部分を現地視察しました。
 わずかな区間ですが、巨大な公共事業を目の当たりにした思いです。公共施設や住宅街の真っ只中ゆえの環境問題、町の分断の問題、採算の問題など、長きに渡って問題を指摘してきましたが、始めたら止められない公共事業、このますすめていくことが本当にいいのか、複雑な思いでした。
 夜は、芝居「ハンナのかばん」を鑑賞しました。ユダヤ人という理由だけで600万人もの命が奪われ、そのうち150万人が小さな子ども。アウシュビッツ博物館から日本に届いた幼い犠牲者ハンナのかばん・・からのメッセージでした。
生活相談・決算審査準備。 10月5日
 無念金で病気がちな60代半ばの女性からの生活相談でした。これまで小さな小料理店で食いつないできたお姉さんに面倒になってきたがお姉さんの商売も行き詰まり限界とのこと。いずれも大変です。あとは決算準備でした。
「九条の会市川」結成4周年のつどい大成功。 10月4日
 平和憲法9条を守る「九条の会」呼びかけ人のお一人、澤地久枝さんをお招きしてのつどいでした。900人の会場があふれ、1000人以上の方がかけつけ、大成功でした。
 「一人一人の力は弱くても、一人一人が行動する、それが輪になり波となって世論をつくり政治を動かすようになる。憲法を守るために一人一人ができることから行動してみよう」との熱い熱い呼びかけは79歳の年齢を感じさせませんでした。
決算審査準備。 10月1・2日
 すでに配布されている資料一式に一通り目を通して全体の状況を掴んでから、私が所属する総務委員会関係に少し入りましたが、ここが難関で、時間がかかります。
決算審査準備・生活相談・市議団会議。 9月29・30日
 29日、平成20年度決算審査に向けていよいよ準備をはじめました。まずは平成20年度予算の討論原稿をプリントし、予算書や資料と決算書を照合し、決算審査に必要な新たな資料を補充する作業から始めますが、それだけでも一週間はかかりそうです。4年間の任期中に1回審査委員がまわってきますが、4年間の議会活動で一番凝縮した準備と審議をすることになるため、今から気構えが必要です。
 30日は午前中生活相談、午後は市議団会議、夜は決算準備を行いました。
訪問活動・しんぶん赤旗集金・会議。 9月27・28日
 27日は岡田幸子県議や地元後援会のみなさんと総選挙でご支持いただいたお宅に訪問対話しました。28日はしんぶん赤旗の集金後、市議団の打ち合わせでした。
個人版市政報告を作成しました。 9月26日
 今日は一日自宅のパソコンで個人版市政報告を作成(こちらから)しました。集団検討すると内容で時間がかかりますが、個人版は始めると早いです(1日半で作成)。
早朝駅頭宣伝後、党市議団会議。 9月25日
 早朝宣伝は岡田県議と私以外に後援会のみなさん7人が参加してくださり、賑やかに行いました。宣伝終了後は市役所で市議団会議でした。
 9月議会の総括、来年度予算編成に向けて取りくんでいる市政アンケートの活用や市民団体との懇談、10月の決算審査特別委員会対策、今後の行事日程など話し合いました。
9月市議会が終了しました。 9月24日
 23日は岡田県議や地元後援会のみなさんと地元の支持者宅の訪問活動をしました。
24日の今日は、わが党桜井雅人市議を筆頭に5人が一般質問を行いました。本日をもって8月27日告示、9月4日開会で始まった定例市議会が終了しました。
 10月19日から一週間、平成20年度決算審査特別委員会が行われます。わが党は私が審査委員となったため、今度はその準備にとりかかることになります。
生活相談・会議・ちょっとお出かけ。映画鑑賞。 9月21・22日
 19・20日は生活相談や会議がつづきました。
 21日は成田市の坂田ヶ池総合公園へ。北総の豊かな自然を生かしたすてきなところでした。朝6時半に出かけてお昼の12時半に帰宅。午後は近くの映画館で「火天の城」鑑賞。日本映画はやっぱりいいです。
 22日日中はパソコンに向かい、夕方からまた近くの映画館で“ハチ公”の感動物語を映画化した「HACHI約束の犬」鑑賞。またまた感動しました。
一般質問を行いました。 9月17・18日
  朝10時からの一般質問ですが、10数人の方が傍聴にかけつけてくださいました。質問はインターネットで生中継や後日録画中継でも見られるし、市民課の待合場所でも放映されていますが、じかに傍聴していただくと張り合いがあります。
 今回の質問は時間配分はちょうどよかったのですが、いつものごとく終わったあとに後悔が残ります。特に三番瀬の保全については、私が18年前に当選して初めての議会からずっと対決課題としてやっていますが、平行線が続きます。それにしても18万部発行している広報いちかわ一面大見出しの「自然病む三番瀬」は撤回させたいものです。残念でなりません。
 18日もわが党の二瓶忠良市議、清水みな子市議含め5人の一般質問が続きました。
通院付き添い。金子市議の一般質問に緊張走る。 9月16日
 午前中は時間休をいただき家族の通院付き添いで国立国府台病院へ。午後から本会議場に出席しました。朝から5人の一般質問が続きましたが、我が会派代表の金子貞作市議の一般質問は職員の不正や職員の業者告発問題で、緊張が走りました。
一般質問が続いています。 9月14・15日
 連日5人の一般質問が続いています。35人の一般質問通告者のうち2人辞退しましたが、一般質問だけで7日間かかります。私の質問は17日朝一番の10時から、地元の歩道整備と三番瀬の保全についてです。
ひさしぶりに市川山の会に参加。 9月13日
 選挙が終わる間際から議会に突入。休暇をとることもできず突っ走り、ストレスも限界に来てついに山行きに参加しました。とはいっても私の一般質問は17日。質問準備のことで頭の半分は切り替えができず、議会資料をリュックに入れて電車の行き帰りに目を通しながらでした。
 自宅を朝5時半に出発。9時過ぎに山梨県の初狩駅到着。ストレッチをしてのどかな駅と風景の中、都留市と大月市の境にある「高川山」頂まで1時間半。富士山がきれいに見え、緑とさわやかな空気につつまれてストレス発散できました。久しぶりの電車での山行きでした。
三番瀬学習会で報告。総選挙慰労会。 9月12日
  日本湿地ネットワーク(JAWAN)後援・三番瀬を守る連絡会主催の緊急集会・三番瀬が危ない!をスローガンに行われた学習会で市川市や市議会の近況報告をしました。 国際的に重要な湿地を保全するためのラムサール条約登録要件が備わっている三番瀬ですが、市川市は何としても人工干潟をつくりたいと千葉県に働きかけ、広報いちかわに「自然病む三番瀬」の再生を強調しています。これまでの県や市民調査の報告や県・市の動きなど出し合いました。
夜は総選挙の慰労会に参加しました。比例候補として大奮闘したはたの君枝さんから「これからもがんばる」と新たな決意も述べられました。
市議団打ち合わせ・一般質問準備。
10人で早朝宣伝。
9月10・11日
 10日は休会日で市議団打ち合わせ会議や一般質問の準備をしました。
11日は定例の早朝駅頭宣伝の日。選挙のときだけじゃなくずっとやろうよ!との後援会のみなさんの掛け声で9人がかけつけ、私も入れて10人で行いました。日中は本会議でした。
朝からトラブル。質問原稿準備。 9月9日
 岡田県議、桜井市議と定例の早朝駅頭宣伝を始めると、営団地下鉄の事故で足止めにあった皆さんが右往左往、27歳の長男からは「会社まで車で送って!」との電話・・。急きょ宣伝をまかせて長男を乗せて都内に入るとなんと車の大渋滞。1時間のろのろ前進に痺れを切らし、結局長男は車を降りて歩いて2時間の遅刻で、「いま着いたよ!ありがとね」のメール。通勤時間を襲った交通トラブルの影響は相当なものです。
 今日は議会がないため、一日市役所で原稿準備や答弁調整のヒアリングを受けました。
市川駅南口再開発ビル45階視察。 9月7・8日
 8日まで予定していた本会議質疑は7日いっぱいで終わり、本日8日は朝から常任委員会が開催され、4つの委員会全て終わりました。 私が所属する総務委員会は、市川駅南口再開発ビル45階の展望施設を現地視察したあと、条例や補正予算の審議をしました。
 展望施設は3階から一気に45階まで行く専用エレベーターで地震や火災やエレベーターの故障などへの対応が十分なのか、45階展望部分も市民の憩いの場所になるか疑問が残りました。確かに眺めはいいですが、予定していた店舗も入らないように設計上の問題があるように思いました。
訪問活動後、議会準備。 9月6日
 午前中は後援会のみなさんと、選挙中支持していただいたお宅に報告やお礼で訪問活動を行いました。お昼に帰宅するとアパート暮らしをしている27歳の長男が来ていました。家を出て7年、気軽に実家に来て何でも話し合える関係を大事にしようとの思いを込めて、お昼ご飯の支度をしました。 
 午後は自宅で議会の準備をしました。
生活相談2件・「自殺」の悲しい知らせ。 9月5日
 朝から2件の生活相談で飛び回ってお昼に帰宅。食事の支度をしていると30年来の活動仲間から、「18歳の息子が自殺して警察に身柄がひきとられている。家族だけで密葬したい。」と震える声で電話がありました。詳しい事情を聞くのはあとにして、緊急連絡先など伝えました。
 息子さんは4月に家を出て住み込みの仕事についたがうまくいかず、悩んで自宅に相談に来ていた、息子の悩みをちゃんと受け止めてあげられなかったことを悔やんでいると、夜になって家族から連絡がありました。
 多くの家庭がそうであるように、就職、自立、巣立ちという子どもの親離れは今や大きな壁にぶつかっています。親の忙しさのなかでも、子どもに寄り添い、励まし、ゆっくり親離れ子離れの大仕事をするしかありません。無理してあせってはいい結果は生まないと思って、粘り強く頑張ることが大事なんでしょうね。それにしても18歳で自分の人生を絶つなんて、つらいですね。
 午後は会議。夜は疲れて早寝(10時ごろ)しました。
議会運営委員会・本会議開会。 9月3・4日
 3日の議会運営委員会では、9月議会の議案取り扱い関連を決めた後、その他で1時間ほど時間をとりました。 質問の通告が重複している場合はどちらを優先するのか、議会便りの議員の名前を質問した人だけ載せるのはおかしいのではないか、議会質問の録画を議員がDVDなどで活用できるようにできないか、などなどです。
 4日は本会議開会。議案質疑が続きました。
5人全員の通告も終わり、早めに帰宅。 9月2日
 一般質問の通告が午前10時で締め切られ、わが党5人の質問も出揃いました。議会日程を24日までに予定して1面を作りましたが、何と一般質問35人で25日までかかることになりました。清水みな子市議に5人の一般質問を議会報告裏面にまとめて作成してもらい、議会報告は完成。これで質問準備に集中することができます。
 寝不足や疲れを解消しようと早めに帰宅して早めに就寝。めっきり涼しくなったせいか、7時間ぐらいぐっすり眠れて(通常は5時間ぐらい)、心身ともにすっきりしました。さあ〜議会です。
議会報告作成・質問通告。 9月1日
 今日も朝から市役所へ。市議団打ち合わせをしたあと議案質疑と一般質問の通告をし、昨日から手がけた議会報告一面を完成させて、印刷へ。夜は地元のごくろうさん会でした。